盗作・パクリ・海賊版にも負けないビジネスモデルが必要
フリー経済、経験価値の時代に忘れてならないこと(1/4)
●発展途上では避けて通れない盗作・海賊行為
知的財産(知財)や著作権、もしくは社団法人電波産業会(ARIB)が策定した混在表示禁止(放送コンテンツと通信コンテンツを同時に混在して表示することを禁止)の
原則などに敏感であったり、厳格な人には、初音ミク現象に見られる二次創作(二次的著作物)、三次創作(三次的著作物)の隆盛に対して、
抵抗感や違和感がある人がいるかもしれない。
だが、よく知られているように、創作の基本は学び(学習)であり、学びの始点は真似・模倣だったりする。
創作と模倣は分岐した先では別物だが、その根っこではつながっていたりする。
日本伝統をたどると、連歌(れんが)があり、和歌の修辞法として本歌取りもある。
伝統芸能と言えば、能・猿楽、華道、盆庭、香道、茶道・茶の湯、狂言、舞踊、雅楽、書道、日本画には、ひとつの体系化された技を継承する、
流派と呼ばれる集団においては、その中においては、技が継承されていく。これは、合理化された学びであり、文化継承という一種の複製・写し取りである。
ときに、二次創作、三次創作だったりもする。
漫画・コミック、コミックマーケット、アニメーション、カラオケなどを見ても、純粋に全てが個人一人の創造のなかで生まれたものは少ない。
もし、そんなものが現れたとしても、受けとめる側に理解する素地ができていなかったりする。完全無欠のオリジナルというのは、
単なる"ならず者"扱いされて、干されたままになったりもしがちになる。ときに理解を超えていたりするものは、
その素地ができたときにはじめて理解されたりする。
日本人は、素人でもマンガを描ける人が数多くいることが外国人には驚きだったりするが、個人個人の嗜好と模倣のレゾナンス(共鳴・共振・倍音付加)効果の中で、
アーティストも、クリエイターも生まれてくる。
極論すれば、日本において明治以降に発達した、さまざまな産業やビジネスは、欧米に習い、欧米を見本とし、それをマネたり、模倣・発展させて、
企業化し、市場を形成してきたものがほとんどである。ここにも二次創作、三次創作的な世界がある。
IT産業、一つ見ても、米国のコンピューター産業がなければ、日本が単独で生み出し得たかは、疑問符がつく。
もちろん、コンピューター産業そのものも、米国一国だけが生みだしたものでもない。
これは家電産業においても、同じことである。おおよそ各国の経済発展は、追いつき、追い越そうとした国の成長要因を模倣・導入・発達させて、世界的に広がった。
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